自己紹介

氏名  山口光秀(こうしゅう) 但し、最近までは不二夫という名前でした。

天台宗の規則で住職名は漢字2字と決まっていて、改名しました。
改名手続きもなかなか大変なんですけれど、私の場合は裁判長に
「天台宗の宗規の関係で・・・」と話し始めたら、簡単に決裁がおりました。

趣味
スキー・ゴルフ 競技には旧名で参加していたのですが、彦根カントリーの 支配人から「実体のない名前では会員資格が・・・」と言われ「光秀」で エントリーしたところ、組み合わせ表から、「久しぶりにうまい奴が入会
してきたみたい」と少し話題になっていたようなんですが、当日皆さんと
出会ってみると、「なんだ、おまえか」ということで・・・
合併による米原市誕生で米原市ゴルフ協会を立ち上げました。事務局は
伊吹の「ゴルフライフ伊吹」山田さんです。
2006年10月18日、第1回米原市民ゴルフ大会を行いました。
120名参加の大盛況でした。
また、当日絶好調でベストグロス賞もいただきました。面目躍如・・・
2007年4月14日、第2回市民大会を行いました。
今回はグロスで2位でした。
第3回は10月17日(水)に行います。
第3回はチャルテイーゴルフ大会ということで米原市療育センター保護者会様へ
寄付させていただきました。また皆様のご協力をお願いします。
第4回米原市民ゴルフ大会は2008年4月12日(土)に行います。是非ご参加を。

出身
山東町清滝(現在は米原市清滝)で子どもの頃はほぼ毎日魚つかみを
していました。いまだに魚が大好きで、水族館や動物園に勤めている人を
うらやましく思っています。清滝近辺は、魚にとっての河川状況が最悪で
清滝から近江長岡にかけての天の川という川ではかなりの魚種が絶滅
です。しかし、ほ乳類、鳥類、ハ虫類については一時より増加しているもの
もあり、ここ3年間は私の菜園では、いも類とカボチャはすべて野生動物の
餌となりました。
2007年末は特に鹿の被害が多かったです。
年齢
1947年(昭和22年)4月11日生まれ。いわゆる団塊の世代で
2007年問題の張本人です。彦根東高校14回卒業なんですけど、同級生
には早期退職して、体の動く間に第二の人生をとスタートを切られた方も
おられます。私の場合は平成20年までに、徳源院のハード面を整備し
20年からは住職としてソフト面を充実していきたいと考えています。
などと言ってる間に2000年になり、3月末退職しました。
お寺  所謂「檀家」というものが無いお寺ですから、葬式、法事というものも
日常的にはありません。しかし、お寺の存在意義というものを考えるとき
多くの人に集まってもらえる場所にしたいと考え、建物もそんなことを
意識して作りました。写経、歌会、茶会、その他サークルや老人会の
集会などに利用していただけたらと思っています。2005年は
フルート奏者井伊亮子さんと琴奏者山本修也さんを迎え、庭園をライト
アップして「紅葉コンサート」を開きました。
今後も無理をしないでこのような取り組みを続けていきたいと思っています。
2006年も井伊さんにお世話になり白菊会の箏曲とのコラボレーションを
楽しませてもらいました。尺八より尺八らしい音色をフルートで創造してくれた
井伊さんの実力を再認識させられました。
2007年はフルートとハープでお世話になりました。ほとんどの人はハープには
足下に大きなペダルがついていることを初めて知りました。2008年は
フルート4本でお願いしました。金、銀、白金製のフルートの音の違いや、
水道管より太いバスフルートの音色など新しいこともいっぱい聴かせてもらいました。

環境
歴史的には平安末期から、政治経済・文化の西と東の分岐点で、どこを
掘ってもいろんな遺跡が出てきそうな所です。それ故にこの地の守護職で
あった京極氏はどのお殿様も波瀾万丈の人生を送っておられるわけです。
しかし、今ここで言いたいのは文化の分岐点ではなく、季候の分岐点です。
西日本と東日本の境界線で、生物的にもいろんな混在があります。
例えば、西のギフチョウ、東のヒメギフチョウ。南のヤブツバキ、北のユキツバキ。
こういうものが清滝山では両方見られるのです。もっと身近な話題にすると
「みかん」と「りんご」の両方が栽培できる季候なのです。